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大阪高等裁判所 昭和46年(ネ)1840号 判決

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文同旨の判決。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張および証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、請求原因三、(四)に「入院残費」とあるのは、「入院雑費」の誤記)。

一  控訴人の主張

(一)  本件事故は、下薗彰次が控訴人の「事業ノ執行ニ付キ」生じさせたものではない。同人は、控訴人方で自動車修理の業務に従事していた者で、車両の運転をその業務としていなかつた。そして、本件事故当日、同人は、整備士講習会を受講したが、これは控訴人の指示によるものではない。

控訴人は、右受講を勧奨も禁止もせず、休日をいかにすごすかは従業員の自由に委ねられていたのであつて、控訴人がこれを管理することはできない。しかも、下薗は、当日、右講習を受けた後、昼食のため寮に帰り、その間大西照夫から本件加害車を借り受けてこれを乗廻し、道路から本件工場に向うところで事故を起こしたのであり、講習の機会または講習会場への往復の途次に生じたというものではない。したがつて、これが「整備技術の修得という過程中において」発生したものとはいえない。

(二)  交通事故による被害者保護のため、いわゆる外形標準説によつて使用者責任を問うことは相当でない。従来まつたく無縁であつた被控訴人と下薗との間で突発的に生起した交通事故について、「外形上事業の執行につきなされているものと信じた」というような想定を行なうこと自体きわめて不合理であり、外形上の標準をいかに設定するかも結局恣意にわたるほかはない。被害者保護の要請はむしろ自動車損害賠償保障法によつて充たされるべきである。

(三)  仮りにいわゆる外形標準説によつてみても、次の諸事実から、本件事故が社会観念上控訴人の事業に起因して生じたと認められる余地はまつたくなく、控訴人に使用者責任はない。

(1) 本件事故は休日に生じたのであるから、控訴人が従業員たる下薗の行動を掌握することは期待しえなかつた。

(2) 下薗は、自動車、単車を運転することを業務としていたものではなく、無免許の同人に対し控訴人がその運転を許容した事実もない。

(3) 前記のとおり、下薗は、休日を利用して自主的に整備技術の習得をしていたが、本件事故はその受講ともまつたく無関係である。

(4) 本件事故発生の場所は控訴人方の出入口の付近であるが、公道上であり、控訴人の支配する地域内ではない。

(5) 加害車の所有者大西は、控訴人から塗装の下請をして、控訴人方構内の別棟でその作業をしていたものであつて、車両の運行を業務の内容とせず、加害車はもつぱら大西または同人から貸与を受けた従業員の通勤の用に供されていた。

(6) 下薗は、大西の了解を得て加害車を運転したものであつて、無断でこれを盗用したものではない。大西は、常日頃、加害車で控訴人方に来たときにも、その工場内にこれを格納し、そのキイは必ず自己が所持していて、キイをつけたまま加害車を構内に無責任に放置していたようなことはなく、当日も、下薗の依頼により、加害車の貸与を承諾し、キイを渡したのである。

(7) 控訴人は、自動車の修理を業とするもので、その運行を主たる目的とするものではなく、業務に必要な車両は自ら保有して、これを常に工場建物内に保管し、そのキイは事務所内のロツカーに納めて施錠し、管理者の承認がなければ使用しえないように厳重に管理していた。そして、控訴人が業務のために従業員等の車両を使用することはなく、もとより、業務のために大西の車を使用する必要はまつたくなかつたし、同人が控訴人の下請をしているためにその従業員に加害車の使用を認めざるをえないという事情もなかつた。

(四)  控訴人が加害車のガソリン代を負担していたという事実は否認する。

二  被控訴人の主張

本件事故は、次のような事実関係により、控訴人の支配領域内で発生したものと認められるから、これにつき控訴人は使用者責任を免れない。

(一)  本件加害車の所有者大西照夫は、控訴人の専属下請業者で、もつぱら控訴人方で塗装の下請の業務に従事していたのであるから、控訴人は大西に対して指揮監督権を有し、かつ、同人を通じて加害車に対する支配権を有していたといえる。

(二)  大西の業務内容は右のようなものであり、その自宅が控訴人方の近くで、しかも無免許であつたため、大西は、自ら本件加害車を通勤用にも使用することがなく、キイ、ガソリンをつけたまま控訴人方にこれを置き放しにしていたのであり、したがつて、加害車は、もつぱら控訴人の業務のため、その従業員がこれを使用していたものと考えられる。また、右事実によれば、加害車のガソリン代も控訴人が負担していたことが明らかである。

(三)  下薗は、自動車修理業者たる控訴人の被用者で、その職務と密接な関係がある自動車三級整備士免許をとる講習を受けに行き、その帰りに本件事故を起こしたのである。右の講習を受けるためには、控訴人の申込印および在社証明が必要であり、さらに免許をとることは、「業務の執行の一部あるいはその延長もしくはそれと密接な関係に基くと認められる場合」にあたる。

(四)  大西が下薗の無免許運転を知悉しながら加害車を貸与したものであるとしても、控訴人の責任は左右されない。

三  証拠関係〔略〕

理由

被控訴人主張の日時、場所において、控訴人の被用者下薗彰次の運転する大西照夫所有の自動二輪車(本件加害車)と、被控訴人運転の自動二輪車とが衝突し、被控訴人が負傷したことは、当事者間に争いがない。

被控訴人は、右事故により被つた損害につき控訴人の使用者責任を主張するところ、控訴人は、右事故が下薗による控訴人の事業の執行について生じたものであることを争うので、この点について判断する。

〔証拠略〕によれば、下薗は、自動車修理業者である控訴人に自動車修理工見習として勤務する者であつて、自動車の運転免許を有せず、職務に関して自動車を運転することはなかつたこと、大西照夫は、控訴人から自動車の塗装を下請し、常時控訴人の工場内でその業務に従事していた者で、本件事故の前日まで半月余の間本件加害車を控訴人の被用者宮崎某に通勤用に貸与していたが、平常は、これを自己の通勤に使用し、自らそのガソリン代を負担しており、控訴人の業務のために本件加害車を使用させることはなかつたこと、本件事故当日、下薗は、休日(日曜日)を利用して、大阪職業訓練所における自動車整備士資格取得のための講習を受講し(右受講が控訴人の指示もしくは勧奨によるものとは認められない)、昼休みに控訴人方の寮へ帰つた際、工場敷地内に大西がキイをつけたまま置いていた本件加害車を同人に無断で持ち出し、運転練習のために道路上でこれを走らせた帰路、控訴人方門前の公道上で本件事故を起こしたものであること、以上の事実が認められる。〔証拠略〕中、以上の認定に反する部分は信用することができない。

右事実関係のもとにおいては、本件事故当時における下薗の本件加害車の運転は、その本来の職務行為でないことはもとより、職務行為の延長ないしはこれと密接な関連を有する行為であるとも認めがたく、外形上も同人の職務の範囲内に属する行為ということはできない。このような行為は、被用者が休日に私用のため自己の所有車を運転する一般の場合と何ら異なるところはなく、とうていこれを使用者の支配可能領域内のことということはできないのであつて、加害車の所有者大西が控訴人の専属的な下請業者で、加害車を控訴人の工場敷地内に置いていたという事情も、右の判断を左右するに足りない。

したがつて、本件事故により被控訴人の被つた損害は控訴人の被用者がその事業の執行についてこれを生じさせたものと認めることはできないから、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当であつて、原判決中これを認容した部分は取消を免れない。よつて、民訴法三八六条、九六条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 沢井種雄 常安政夫 野田宏)

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